昭和41年05月07日 夜の御理解



 大きなおかげを頂くためには大きな信心をしなければならぬ。大きな信心というのは大きい事ばかり願うという意味じゃないと思う。大きな心になるとだと思う。どうぞ大きな心の豊かな心の信心にならせて貰う。小さい事がくよくよ、小さい事が心配になると言う様な事では、自分は大きなおかげ受けられんなと思うて間違いない。それが段々そこんところを、神様にお縋りして辛抱し抜いて頂かして、頂いていきよると段々心も豊になって心も大きくなって、苦い薬を飲んで胃腸が強うなる様に。
 心が苦い事でも、ね、金光様金光様お縋りして辛抱していきよる内に、心の胃腸が強くなって、何を頂いてもいわば障らん様になる。私は大きなおかげ頂きたいと願うなら、そこん処に本気で焦点を置かなけりゃいけない。まぁそれだけですけど、しかも簡単なんですけれど、そこが中々お互いどんなに思うても心配せずにおれん、どんなに思うてもそれは我慢が出来ん。そこん処を修行さして貰わにゃいけん。普通だったら普通人が人偏なら、私は行人偏という修行さして貰うて、初めて本当の修行という事になる。
 今日は私夕方から、久富正義さんところの家内の御両親が、今度別居された。それにまあ見事な御普請が出来たというので、そこに一辺連れて見せて呉れといっておりましたから、夕方迎えに来ましたから参りました。そしたらあのお父さんが、一人居られましたから見せて頂いたんだけれどです、けれども、何かあのそのお爺さんからは、お孫さんに当たる方が自動車に跳ねられてから、今電話が掛かって来て、今病院にみんな行っておるから誰も居らんと言って居られました。
 そこへ丁度行き合わせた訳でございますけれども、丁度たいした事ではないらしゅうございました。けれどもまぁそんな事でございました。正義さんが言っておられましたのに、その御兄弟のもういよいよ信心せにゃいかんばい、昨年も子供が交通事故で大怪我をする、御主人が亡くなる、もう兄嫁さんと子供さん達だけ、次々と起きて来る事柄が、信心どもせんと助からんと言った様相が家の中にある。
 私はあちらに参りましたら表の門が閉ざされて、門というか仮の竹のこう編んだ様な門、まあ仕切りがしてございましたから、居んなさらんとじゃろうかと思うてから、あの表に立って御祈念さして貰いよりましたら、古い門が閉ざされているところを頂いた。次にあの鐘楼の鐘楼堂の鐘が、大きな鐘が下がっておるんだけれど、撞木が途中からポッキリ折れているところを頂いた。 あらと思ったらそんな事、中に入って聞かして貰うたんですね。どうでしょうかね、鐘はあっても撞木が折れておったら。
 どんなに沢山、例えばお金がお金ということにしても、億万の金があっても後が絶えてしまったり、継ぎ手がなかったら、あってもそれは死に金になって仕舞うでしょう。私共は思うんですね、ほんとに、私共は撞木だけあったところでいけません。その鐘に合うそれに対するところの撞木があって、初めて良い音色というものが頂けます様に、そこん処のおかげを頂く為に、只あのおかげを頂くと言う様な、おかげを受けるというだけの信心では何時まで経ってもそこは受けられません。
 やはり踏ん切り付けるところは踏ん切りつけてから、そしてやはり身に徳を受けさして貰う信心修行が必要。私がまあだ修行中の時分に、真名子さんという福岡の御信者さんのお宅にお話に参りました時に、非常に私びいきの方で、もう私の事を一生懸命祈って下さる願って下さる方でした。ある時私お話に参りましてから、もう夜通しでお話するんですね。ご信者さんが皆さんお話聞きに見えるです。
 もう二時も三時も何時もいつもなっておりましたが、もう皆さん帰して休みましょうか、けどまあ暫くといって二人で話しながら、もうとにかくちょっとでも休ませて貰いましょうといって、最後の御祈念さして頂きよりました時でした。大坪さん、今ね久振り神様にお知らせを頂いた。非常にあの霊徳を持って居られる方でしたが、やはりあの時々御神眼なんか頂いて居られました。それにあの大坪さんが日本一の高徳な先生になられます様にと私は何時もお願いするんですよと。
 丁度その事をお願いさして貰いよりましたらね、こんくらいのバケツにね、中に蟹が入って、大きな蟹、小さい蟹、まあいうなら夫婦蟹と言った様な感じ、それがもうバケツの中をガサガサガサガサ這い回っておる。こう上に出ろうとするんだけど、相手がブリキですから中々出られない。そしたら大きい方の蟹が小さい蟹をおんぶしてこう逆さまになったり縦しになったとる。そしてそのどうかこうか出ろうともがいているところにです、爪がバケツの淵にちょっとばっかり爪がひっかっかとる。
 そしたらそれがそこに慢心の力を持って、こうして外に出たところを頂いた。もうほんとに大坪さんもう一頑張りですよ、今あぁた方夫婦が一生懸命バケツの中でガサガサなさっておられるところでしょう。けれども、ここにほんとに様々の知恵、様々な力を振り絞ってです、横になったり縦になったりしてから、バケツの淵に少し爪が掛かったと思うたら、そしたらそこにざぁと力、引き寄せるように外に出よる。いわば自由の天地がそこに出来た訳なんです。
 私はお徳を受けるには、こういう一つの知恵と踏ん切りがいると思うですね。ここをこうすりゃおかげを頂くことは分かっとるばってん、ここを改まりゃお徳を受けることは分かっとるけれど、それが出来ないのであっては何時まで経ってもおかげは受けられない。私共がその身に徳を受けさして貰って、ほんとにあの世までも持って行かれこの世にも残してゆけれるというもの、例えば小川組の、そのお家がそういう結果になるということでは決してありますまい。これは私に対する御理解でしょう。
 けれどもそれこそ、今日もお父さんは言って居られました。もう私しゃ馬車引きですけんでもう八十になられますけど、五反余りの田を自分一人でされるそうです。自分の家の周囲が全部田なんです。正義さんが何時も背広どん着て行くとふうが悪そうです。何時も汚れ服を着てから、地下足袋がけで行くと非常に機嫌がいい。ですからそういう立派なお家なんです。見事なお家ですけどね、その何というでしょうかね、そういう例えば、調度品なんかに趣味が無い。
 息子達が来てから色々軸を掛けたり、置物を置いたりするから何だけど、それとてもそういう事に道楽したり、センスのあるお爺さんではない訳ですね。だからこれがほんとによいセンスの人が座ってっ使ったらそれは素晴らしかろう。お寺の様な家が出来ているんです。造りが。わざわざ京都の桂離宮をわざわ見に行って、それを模して作られたという家なんですからね。なかなか造りも此処等で見られん様な普請なんです。
 それは庭なんかでも、今はもう四トン五トンもある様な石が庭いっぱい来て、それを今やっておられます。息子さんが来て。けれどもです、例えばどれだけの有り余るおような金があっても、つくしも汚れとったら値打ないでしょうが。私はここんところはお座敷も広う取った、お縁もこげん広う取った、というのは、私は死んだ時にはお葬式は此処して貰う積りでお座敷も広う取ったち。死んだ時の事を誰がそこでしてして呉れるか分かりはしません。それはもう立派な仏壇がありましてね。
 それこそ、そこんとこの座敷をこっち向いてお葬式どんされたらどんなに賑やかなお葬式も出来ましょう。その為にこういう立派な家を建てたと、そして子供達はぜんぜん別居してほんなおばあさんと二人暮しなんですね。それも大変です。けれどもそういう風にしてですたい、それに別に趣味があるわけでもない。そこに喜びがある訳でもあんなさらんごたあるふうです。只働くのが趣味のごたる風。ですからじつに格酌としたお爺さんです。一代であれだけの財産を築かれた。あれだけのお金を残された。
 さぁあのお金をです、私は継ぐその者が私はお徳だと思う。その私はおかげをこれから小川組の、やはり方達が頂いておいでなければ、まぁいうならば一代時で終って仕舞うことになってはならぬ。まぁ私はそういう事故に現れたところに、いき合わせておりましたから、正義さんが言って居られました。「神様の御都合に間違いはない」こんだ私はおかげを頂いたと思いました。
 まぁ何かそういう事に切っ掛けを頂いて、御信心さして貰うて、お徳を受けさして貰うて、この素晴らしい釣鐘に釣り合うた撞木、いわば心をね。大きな状態をです、頂かにゃならんなあということを、私は今思わして頂くんでございますけれども、お互いが、いわば大きなおかげを願わねばならん、又頂かねばならん為にはです。お互いがいわば大きな心を頂かねばならぬ。もうちょっとした事が腹立つ、もうちょっとした事がモヤモヤする、心配になると言う様な事では絶対大きなおかげは頂かれりゃしません。
 ほんとに自分は馬鹿になったつじゃなかろうか、こげな事言われたりされたりしようが、腹立つだんじゃなか、ほんに有難いと言う様なものがです、私はお徳だとこう思う。そしてこそ初めて大きなおかげが約束される。そこに鐘と撞木がそこに釣合うた、それこそ鐘が鳴るのか撞木が鳴るのか、金と撞木の合が鳴ると、そこから新たな音色新たな、いわば思いもかけない音色のおかげが頂けて来るのじゃないかと、言う風に思うのです。     どうぞ。